Research Content/研究内容

HGF(Hepatocyte Growth Factor)とMET受容体

HGF(hepatocyte growth factor: 肝細胞増殖因子)はその名前が示すように、肝細胞の増殖を促す生理活性因子として日本で発見されました。HGFは697個のアミノ酸からなるタンパク質で、クリングル構造と呼ばれる特徴的なリング状の構造をもっています。HGFはMET受容体を介して生物活性を発揮します。MET受容体は細胞膜を1回貫通し、細胞内にチロシンキナーゼドメインをもっています。HGFがMET受容体の細胞外領域に、カギとカギ穴のごとくに結合すると、MET受容体の細胞内領域でチロシンリン酸化が引き起こされ、これが受容体からのシグナル発信のスタートです。HGFによってMET受容体が活性化されると、細胞増殖促進だけではなく、ダイナミックな3-D形態形成誘導、細胞の遊走促進、生存促進活性といった複数の生物作用が発揮されます。    

HGFによる再生とがんの浸潤・転移・薬剤耐性

HGF-MET系に特徴的で際立った生物活性として、ダイナミック形態形成誘導や細胞遊走促進、強力な生存促進活性があげられます。例えば、HGFは、コラーゲンの中で細胞を3次元的に培養する系で、腎臓の尿細管や乳腺といった上皮細胞に特有の管腔構造を誘導します。また、ニューロンの生存を強く促します(言い換えると細胞死を防ぎます)。これらの生物活性により、HGFは肝臓・腎臓・神経系などの組織において、傷害・病態に対する組織再生を担っています。一方,これらHGFのもつ生物活性は、がん細胞のダイナミックな動きを促すこと、つまりがんの浸潤・転移につながります。また、HGFのもつ強い生存促進作用は分子標的薬に対するがん細胞の生存、すなわち薬剤耐性に関与しています。がんはHGFによるダイナミックな組織再生を担う仕組みを巧妙に使って浸潤・転移・薬剤耐性に至っています。

環状ペプチド性人工HGFの創成と再生医療への応用

HGFはMET受容体を2量体化すると考えられています。MET受容体に強い親和性で結合する、10-15個のアミノ酸からなる環状ペプチドを取得し、これを連結することによって、MET受容体を活性化するMETアゴニストを取得しました。この環状ペプチド性人工HGFは、細胞増殖促進に加え、細胞遊走促進、3-D形態形成誘導などHGFに特徴的な生物活性を発揮し、しかも、HGFに匹敵する活性をもっています。HGFに比べると1/20程度の大きさでありながらHGFと同等の活性をもつ人工HGFを創成することに成功しました。組換えHGFタンパク質はALS(筋萎縮性側索硬化症)や脊髄損傷といった医薬の乏しい疾患に対する治療薬となることが期待され、現在、臨床試験が進められています。人工HGFは化学合成によって製造可能な再生医療医薬として難治性疾患の治療に応用できる可能性があります。  

HGF–によるMET活性化を阻害する制がん分子の創成

がん微小環境において、HGFは浸潤・転移や分子標的薬に対する薬剤耐性に関与します。したがって、HGF-MET系を選択的に阻害することは、がんの浸潤・転移や薬剤耐性を抑制する制がん分子の創成につながると期待されます。私たちはHGFとMET受容体の相互作用を阻害する分子(化合物や環状ペプチド)を取得することに成功しました。HGF-MET阻害剤のin vivoでの制がん作用を検証するとともに、分子イメージングツールとしての応用研究を進めています。制がん剤候補としての応用や分子イメージング技術と組み合わせた診断技術への応用が期待されます。また、様々ながんにおいてMET受容体遺伝子変異が報告されていますが、とりわけMET細胞外変異がなぜがんの発症や進展につながるのか、まったく不明です。MET細胞外変異の意義・発がんメカニズムを解明する研究を進めています。